私の母は4姉妹の次女でしたが、祖母の遺した遺産相続の際の取り分で姉妹の間で孤立していました。

母の祖父母は歴史ある商家で(戦争時に店を閉めました)相当の遺産があったのですが、次女の母が婿養子をとり、祖父母を最後まで看取ったことによって、遺産の大部分を母が相続しました。そのため、他の姉妹達(私のとっては伯母、叔母にあたりますが)は不満に思い、一切の付き合いを断っていました。

母には私と兄の二人の子供がいました。兄はその件を伏して義姉と結婚したので、祖父母の法事を一緒にせず、母と伯母達がそれぞれ別々にすることを不思議に思っていたようです。

寡黙で控えめな義姉は母の存命中には深く聞きはしませんでしたが、母が病気で危篤状態になった時に初めて私と夫に、母と伯母達の仲が疎遠になっている理由を聞いてきました。

兄と私は理由を話し、母の通夜と葬儀は私達だけで執り行うことに決めていると伝えました。母の遺言でもあったからです。どうせ自分が死んでも誰も通夜にも葬儀にも来ないだろうから、伯母達に伝えなくてもいいと言われていました。だから、母が危篤状態になっても誰にも伝えていませんでした。私達も少なからず伯母達によい感情を持っていなかったからです。

でも、義姉は私達に言いました。

「それは間違っていると思う。どんな確執があっても姉妹が亡くなって知らされなかったら誰でも悲しい思いをするはず。伯母達に伝えなくてもいいというお義母さんの言葉も本心とは思えない。確執の大元が祖母の遺産にあるのなら、それをきれいにしましょう」と私達を諭して、母が私達に遺した遺産の総額を聞き、弁護士と税理士を呼んで、その上で義姉が伯母達に電話をしました。

遺産分割をするから来てほしいと。

私と兄に遺された遺産は数億円ありました。

伯母達は義姉から電話をもらって飛んできましたが、私はどうせ遺産目当てで来たのだろうと醒めた目で見ていました。けれど、どの伯母・叔母達も涙を流して意識のない母の頬を撫でてくれました。

私はその光景を不思議な気持ちで見ていましたが、母は伯母達に看取られて逝くことができたのです。

それから通夜の準備に追われて、ようやく落ち着いた時に、義姉は私達に遺された遺産の総額を伯母達に告げて、「これを分けようと思います。お義母さんの遺志として」と言い、税理士に均等に分割してもらい、伯母達にかかる相続税等も計算してもらって後日、改めて公正証書にしてもらうことを約束しました。

そして通夜と葬儀を終えて、家族みんなで母を送り出し、今では祖父母の法事も父母の法事も一緒にしています。

ただおとなしいだけだと思っていただけの義姉が筋を通してくれたおかげで、私達と伯母達の間にある確執は消えました。

そして、再び親戚づきあいが始まったのです。私達の遺産の取り分は減りましたが、今はとても穏やかな気持ちでいます。